「ブルーサファイア」エレジー⑱

 私たちの前までやって来ると、リーダー格と思われる男が、カノン先生をじろじろ見ながら言いました。

 「さっきは、交差点で、失礼しました。チラッと見たら、きれいなお嬢さんが運転しておられたので、びっくりしましたが、バカヤローと言われたので、お詫びに来ました」

 私はカチンと来ました。私が中学生の年頃と見て、私が「バカヤロー」と言ったことには触れずに、カノン先生に因縁をつけ始めたのです。

 素早くカノン先生の前に出た私は、「バカヤローと言ったのは僕です」と大きな声で言いました。

 すると、リーダー格の男は、私の胸ぐらをつかみ、押し殺した声で言いました。

 「オイオイ、坊やは、引っ込んでいたほうが身のためだよ」

 その瞬間、A先輩が飛び出そうとしましたが、それを手でさえぎって、カノン先生は「その手を放しなさい」と強い調子でリーダー格の男に言いました。

 カノン先生に言われても、リーダー格の男は手をゆるめませんでした。

 するとカノン先生は私の胸をつかんでいる男の右手首を握ってひねり、私の胸から離すと、一瞬のうちに男を突き飛ばしました。

 男は「アッ」と叫び声を上げて、後ろに向きに砂浜に尻もちをつきました。男は、信じられないという感じで、あっけに取られた顔をしました。

 A先輩と私もカノン先生の素早い技と瞬間的な力にびっくりしました。

 すると、カノン先生は、そのリーダー格の男に向かって「バカヤロー」と静かな声で言いました。

 その瞬間、「何だと!」と言いながら、他の男2人がカノン先生に向かってきましたが、それを制止して、リーダー格の男はゆっくり立ち上がり、ニヤリと笑いました。

 「か弱いお嬢さんかと思って、俺も油断していましたが、すごい力ですね。それで、今、バカヤローと言いましたか?」

 「ええ、もう一度言うわ、あなた達はバカヤローよ」

 「そうですか、バカヤローですか。いいですよ。それでは、そのバカヤローが、今からバカなことをしますからね!」

 「よく聞いて! 赤信号を無視して猛スピードで進入したら、どうなると思っているの。あなたたちは、自分たちの命を軽く見ているのよ。それだけでなく他人の命も軽く見ている。命の大切さを知らないのよ。だから、バカヤローなのよ!」

 それまで、ニヤニヤしていたリーダー格の男は、真顔になりました。それから、カノン先生に対して一礼しました。

 「そうですか、なるほど、なるほど。学校の先生みたいなお説教、身に染み入りました。お礼に、キスして、あげましょう」

 リーダー格の男は、カノン先生の腕をつかむと引き寄せて、キスしようとしました。その時、A先輩がリーダー格の男に突進してつかみかかりました。

 すると、他の2人の男がA先輩に飛びつきました。その男たちに私も突進しました。1人の男と私は殴り合いになりました。

 私はボクシングが好きで、自己流でずっとボクシングの練習をしていたので、殴り合いには自信がありました。実際に、私は今まで喧嘩をしたこともありましたが、負けたことは一度もありませんでした。

 けれども、今の私の相手はずっと年上の大男です。私は1発、相手を殴りましたが、私も顔面に1発くらいました。

 その時、私と殴り合っていた相手の男が、吹っ飛んで砂浜の上に倒れました。気がつくと、リーダー格の男ともう1人の男も砂浜に倒れていました。なぜか気を失っているようでした。

 それは信じられないような光景でした。茫然と立ち尽くしていたA先輩が「カノンさん、信じられません。すごいですね」と目を見開いて言いました。

 それで、男3人を突き飛ばして倒したのは、A先輩ではなくカノン先生だということが分かりました。カノン先生は、A先輩と私に向かって言いました。

 「トラ君、左のほっぺに擦り傷があるわ。あとで手当てしましょう。A君も大丈夫?」

 A先輩は「僕は大丈夫です」と答えましたが、今の状況がとても信じられないという顔をしていました。細身で小柄なカノン先生にこんなことができるのか? 私はカノン先生に確認しました。

 「カノンさん、本当にカノンさんが、あの男たちを投げ飛ばしたのですか?」

 「私って、意外と強いでしょう。さあ、今のうちに車に戻りましょう。私の後についてきて」

 カノン先生を先頭に、私達は駐車場へ向かいました。

 私は、早く走って逃げないと、あの男達が追いかけてこないかと気が気ではありませんでしたが、カノン先生は時々海を眺めながら、ゆっくりと波打ち際を歩いています。

 私達が駐車場のところまで戻って来た時、気を取り戻したのか、遠くから、リーダー格の男の声がしました。

 「おい、お前たち、コノヤロー、待てよー」

 男達3人は、立ち上がると、私達を追いかけてきました。けれども、なぜか走ることができないらしく、足取りがヨロヨロして、3人一塊のようになって追いかけて来ました。

 次の瞬間、「うわー」という叫び声とともに、3人の男姿が一斉に砂浜の中に消えました。砂浜の中の落とし穴のようなものに落ちた感じでした。

 「うわー」「なんだこれは」「深くて上がれないぞ」などの声が穴の中から聞こえてきました。相当深い穴らしく、彼らはいつまでたっても這い上がることができないようでした。


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 A先輩が驚いた顔をして私に言いました。

 「落とし穴だろうか? あんなところにあったのか」

 「僕達は波打ち際を通ったので落ちなかったですね。ラッキーでした」

 私はカノン先生に「カノンさん、早く行きましょう」と言いました。

 けれども、カノン先生は沈黙したまま駐車場のゴルフのそばに立つと、海を見つめました。そして、そのまま佇んで海を見つめ続けていたのです。(続く)

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プロフィール

Romy Rurikawa
あらゆる乗り物が好きなのでよく旅に出ますが、そこは日常の喧騒から逃れて自分をみつめ、淡いふれあいもある、やすらぎの空間なのです。