「ブルーサファイア」エレジー⑲

 カノン先生は、なぜか海を見つめていました。私は、あの男たちが穴から出て、やって来るかも知れないと、ハラハラしていました。A先輩が言いました。

 「カノンさん、早く出発しましょう。あの男たちが穴から出てきて、追いかけてこないうちに」

 「そうね。だけど、先にトラ君の治療をしましょう」

 そう言ってカノン先生はゴルフに乗り込みました。A先輩と私も乗り込みましたが、あのバイク男達が落とし穴から出てこないかと、気が気ではありませんでした。

 カノン先生は、後ろを振り向いて、私に「大丈夫?」と言って、ボックスからオキシフルと絆創膏を取り出しました。

 それから、後ろ向きになって身体を乗り出すと、カノン先生は私の頬にオキシフルを塗ろうとしました。

 「カノンさん、僕は大丈夫ですから、早く車を出しましょう」
 
 「いいから、もっとこちらに顔を寄せて!」

 そう言われて、仕方なく私は顔を前に出しました。カノン先生の顔が近づいてきました。ドキンと心臓が打ちました。

 「あっ、カノンさん、いいです。自分で塗れますから」

 「駄目よ。自分じゃ分からないでしょう」

 そう言ってカノン先生は顔をもっと近づけ、私の頬に手の指を当てて、オキシフルで傷口を消毒し、絆創膏を貼り始めました。柔らかい指でした。目の前にカノン先生の白い顔があります。私はまぶしくて、目を閉じました。

 「これで、いいと思うわ。顔を洗う時、気を付けて」

 「ええ、あっ、ありがとうございました」

 私は、ふ~と息をつきました。緊張していたのです。すると、砂浜の方を監視していたA先輩が言いました。

 「彼らは、出てきません。まだ穴の中にいるみたいです。今のうちに、早く出発しましょう」

 「そうね。シートベルトをして」

 そう言ってカノン先生は、ゴルフをゆっくり発進させました。

 ゴルフは再び元の道路に出て走り出しました。



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 私は、カノン先生とA先輩に謝りました。

 「すみません。僕が、バカヤローと叫んだばかりに、こんなことになってしまって」

 「いいのよ。彼らは本当にバカヤローだから。どれだけ命が大切かを、知らない人達だから。でも、今回のことで、少しは反省してくれるといいのだけど」

 するとA先輩がカノン先生に質問しました。

 「僕は今でも信じられません! 細身のカノンさんが、あの3人の大男を倒したことが……それに彼らは気を失っていました。カノンさんは合気道か何かを、習っておられたのですか?」

 「……そうね……合気道を身に付けているの。瞬間的に集中した力が出せるのよ」

 そう言うと、カノン先生は沈黙しました。ふと見ると、カノン先生の目に涙が浮かんできて、ポロリと頬を伝わって流れました。

 思わずA先輩がカノン先生の顔をのぞきこんで、心配そうな顔で言いました。

 「カノンさん、大丈夫ですか?」

 「……実は私も本当は怖かったのよ。それで、ホッとしたら、涙が出ちゃった。もう大丈夫よ」

 そう言うと、カノン先生は左手でハンカチを取り出し、そっと目に当てました。

 私は、合気道のような強い力を備えている反面、涙もろい弱さを見せるカノン先生のアンバランスが不思議でした。それは、神秘的にさえ感じられました。

 すると、A先輩が、私が心の中で感じているようなことを口にしました。

 「カノンさんって、気の強いところがあるかと思えば、涙もろいところがあり、見かけは、か弱い感じなのに、信じられない位のすごいパワーが出せるし……不思議な人です」

 カノン先生は少し微笑むと、沈黙しました。(続く)



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プロフィール

Romy Rurikawa
あらゆる乗り物が好きなのでよく旅に出ますが、そこは日常の喧騒から逃れて自分をみつめ、淡いふれあいもある、やすらぎの空間なのです。