「ブルーサファイア」エレジー㉖

 私はA先輩に言いました。

 「さっき、A先輩が希望した絵が、すでに描かれています……」

 A先輩がカノン先生に質問しました。

 「この絵はカノンさんが描かれたのですか?」

 「これは私が描いた自画像ではなく、他の人が私を描いたの」

 「カノンさんがこの構図を希望されたのですか?」

 「いいえ」

 カノン先生とA先輩は、黙ってこの絵をじっと見ています。カノン先生が一言、ポツンと言いました。

 「不思議ね」

 A先輩は、カノン先生の方を向きましたが、何も言いませんでした。

 この絵の構図は、この絵を描いた画家が望んで描いたのです。

 私は、ふと、この絵の中の下にある文字を見て、驚きました。そこには“Son Altesse Kanon”と書かれていたのです。 これは……。

 その時、カノン先生がニコリとして、A先輩に言いました。

 「A君、いいわよ。あの空中庭園での私の自画像、描いてみるわ。この絵とは異なった画風でね。そうだ、さっき話していた “秘密の花園” を構図に取り入れてみるわ」

 今まで沈黙していたA先輩は、カノン先生にそう言われて、ハッとした感じでカノン先生の方を見て言いました。

 「……カノンさん。やはり、他のものにします。……また、後日よく考えてお願いします」

 「……どうして?」

 「この絵の中のカノンさんは、すごく生き生きして、美しく、とても幸せそうです。描いた人は、すごく、カノンさんのことを思って描いたことが伝わってきます。それなのに、僕がカノンさんに自画像をお願いしたら、その人に申し訳ない気がして……」

 「……A君、……さっき、私は、 “いいわよ” と返事しました」

 「……この絵を描いた画家は、カノンさんにとって、どんな人ですか?」

 「画家ではないわ。まだ画学生よ」

 「どんな人ですか?」

 「……なぜ?」

 A先輩は何も答えず、沈黙しました。カノン先生はキラリとした目をしていましたが、それは涙をためているように見えたのです。

 向き合った2人の沈黙が続きました。私は2人の間に割り込みました。

 「A先輩の言うように、この絵の中のカノンさんはとてもきれいです。アラブの衣装もすごく似合っていて、王女様みたいです」

 カノン先生は、一度うつむいて、それから私の方を向きました。

 「ありがとう、トラ君。さあ、テーブルに戻りましょう。……A君も」

 A先輩は「ハイ」と返事しました。

 私達はテーブルに戻り、再び中華料理を食べ始めました。私は言いました。

 「あの絵の中のアラブの白い衣装は、男性用ですよね」

 「ええ。トラ君、よく知っているのね」

 私はアラブ族のことは少し知っていました。白服の衣装は通常、男性の着る衣装です。女性は黒色や他の色の服が多いのです。

 あの絵の中のカノン先生は、男性用のアラブの白い衣装(カンドゥーラ)を着て、頭には輪でとめた被り布(クゥトラ)を被っており、それは顔の両側に垂れていました。

 右手首には、白い袖の内側に青いブルーサファイアのブレスレットが描かれていました。さらにベルトには美しい宝石装飾のジャンビーヤ(アラブ族の短剣)を差していました。

 私は、当時、海外の短剣に興味があり、骨董店で購入したジャンビーヤを2本持っていました。海外の刀剣や短剣の本も購入して読んでいたので、ある程度のアラブの知識はありました。

 中華料理を食べながら、私は、さっきの絵の中に記されていた “Son Altesse Kanon”と言う文字を思い出し、ハッとしました。1枚の写真を思い出したのです。

 それは、「アラビアのロレンス」のロレンス中佐(当時)がアラブの白い衣装を着て、アラブ族の王族からもらったジャンビーヤを腰に差して座っている写真でした。



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 私が過去に写真で見たこのロレンス中佐のポーズと、あの絵の中の空中庭園でアラブの衣装で座っているカノン先生のポーズが全く同じだったのです。

 ロレンス中佐とは、イギリスの貴族の子息でオックスフォード大学出身のトーマス・エドワード・ロレンスのことです。

 ロレンス中佐は第一次世界大戦で、情報将校として、それまでアラビア半島のアラブを支配していたオスマン帝国(トルコ)に対するアラブ人の反乱を支援・指導、成功させた人物です。「アラビアのロレンス」という映画にもなっています。(続く)

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プロフィール

Romy Rurikawa
あらゆる乗り物が好きなのでよく旅に出ますが、そこは日常の喧騒から逃れて自分をみつめ、淡いふれあいもある、やすらぎの空間なのです。