「ブルーサファイア」エレジー㉗

 当時、私は、「アラビアのロレンスの秘密」という本を読んでいました。また、映画「アラビアのロレンス」も観ていました。

 ところで、さっきの絵の中の下に記されていた “Son Altesse Kanon”の“Son Altesse” (サン・ナルテス)の意味は、私は知っていました。

 このフランス語は、私の記憶にしっかり残っていたのです。“ Kanon” は、カノン先生のことでしょう。

 その時、A先輩がカノン先生に質問しました。A先輩も気になっていたのでしょう。

 「カノンさん、あの絵の下に書かれていた文字は、どういう意味ですか?」

 「この絵が完成した時、描いた画学生が、”Kanon”は私のこと、と教えてくれたのだけど、『 “Son Altesse ” (サン・ナルテス)は自分で調べて下さい』と言って、意地悪して教えてくれなかったの」

 「それで、分かったのですか?」

 「私は調べたわ。フランス語で、意味は、”殿下“ ”妃殿下“ ”王女“ など、すごいのよ。私には、どれも当てはまらないけど、どれか選ぶとすれば、”王女“ しかないでしょう」

 「画学生の人は、何と答えましたか?」

 「……まだ、聞いていないのよ。”王女“ ……そんな風に私を思っていたのかしら……」

 今度は、私が質問しました。

 「画学生の人は、このアラブの衣装について、何か言っておられませんでしたか」

 「彼が 『“アラビアのロレンス” のイメージで描きたい』と言うから、『どうして?』と聞いたら、『君は、“瀬戸内のカノン” だから』と言ったのよ……」

 これで、画学生は男性だと分かりました。A先輩が聞きました。

 「“瀬戸内のカノン” ……どんな意味があるのでしょうか?」

 「……分からないわ。彼もそれ以上何も言ってくれなかったの」

 この絵を描いた画学生の男性は、やはり “アラビアのロレンス” を意識していたのです。さらに、“Son Altesse ” という言葉の意味を知っていたのです。

 だとすると、彼は、間違いなく、「アラビアのロレンスの秘密」という本を読んでいたのでしょう。

 それから、さっきの絵の中で、私が密かに、注目した点がありました。絵の中のアラブ人がベルトに差したジャンビーヤを、よく見て、私は驚いたのです。

 宝石装飾のジャンビーヤと思っていた、その短剣は、オスマン帝国のトプカプの短剣だったのです。



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 オスマン帝国のトプカプの短剣は、柄の部分に大きなエメラルド3個が組み込まれており、鞘には大小多数のダイヤモンド、鞘の中央部にはエナメル七宝細密画で装飾されています。

 さらに柄頭のエメラルドの蓋を開けると、そこには小型ロンドン製巻時計が組み込まれているのです。

 トプカプの短剣は、イスタンプールのトプカプ宮殿にある、世界に唯一の短剣ですから、カノン先生が実際に腰に差していたとすると、この絵の中に描かれている短剣は、本物ということはあり得ません。

 間違いなく、レプリカの短剣ですが、そのレプリカも日本では、ほとんど入手することは困難なのです。私は、カノン先生に質問しました。

 「カノンさんは、実際にアラブの衣装を着けて、画学生の人に描いてもらったのですか?」

 「ええ、画学生が企画して、私にこのような衣装を着せて描いたのよ」

 私は、その画学生は、恐らく、カノン先生の出身大学、M美術大学の男子学生だろうと思いました。私は言いました。

 「あの短剣も実際にベルトに差してあったのですか?」

 「ええ。エメラルドやダイヤモンドですごくきれいな短剣だったけど、レプリカと言っていたわ。私、短剣を抜いたりして、ふざけたのよ。あの短剣とアラブの衣装は、彼がプレゼントしてくれたのよ」

 私は、驚きました。あのトプカプの短剣のレプリカをプレゼントするとは。

 私達は、食事を終えると、ホテルを出て、帰途につきました。

 カノン先生のゴルフは海岸道路を広島市方面に向かって走っています。瀬戸内海の海は、穏やかでした。(続く)






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プロフィール

Romy Rurikawa
あらゆる乗り物が好きなのでよく旅に出ますが、そこは日常の喧騒から逃れて自分をみつめ、淡いふれあいもある、やすらぎの空間なのです。